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おふくろとスペースシャトル [昔話]

昨日7月21日、スペースシャトル計画最後の任務を無事に全うし、30年もの
長きにわたるシャトルの歴史に幕が下りたのは先刻ご承知のことと思います。
コストと安全性、環境への適応に明け暮れたスペースシャトルの30年。
それは一体、どれほどの人たちの苦悩に支えられて成立したのでしょう?
ぼくにはそのわずかな一端でさえ垣間見ることはできないけれど、途方もない
苦難の連続であったことは想像に難くありません。
スペースシャトル計画に携わられたすべての方々に敬意を表したいと思います。

シャトルは計画当初、4機ローテイションを前提に立案されたのだそうです。
しかしご存知の通り、86年の事故でチャレンジャー号を失い、その補完のために
手持ちの部材をかき集めてエンデバー号を追加製作したものの、03年に再び
コロンビア号を事故で失いました。
結局、当初からの4機プラス追加製作の1機を含めて全部で計5機を製作して
事故で2機を失い、残念ながら現存するのは3機ということになります。

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(海ノ中道海浜公園 シオヤ鼻から玄界灘を望む 2010年4月25日撮影)

さて、ぼくにとって生涯忘れることができないのは、チャレンジャー号です。
チャレンジャー号は前述の通り、86年1月28日に発射後73秒、高度15km弱と
言うから、ジェット旅客機の巡航高度11~12kmよりも少し高いぐらいの上空で、
不慮の事故により一瞬にしてバラバラになりました。
この時のニュース映像は相当ショッキングなものでしたから、脳裏に焼きついて
おられる方も少なくないのではないかと思います。
だけど、それが原因で忘れられない、というわけではありません。
理由はまったく別のところにあります。

今から25年前の昭和61年(1986年)1月。
ぼくのおふくろは、その前年の秋口ぐらいに、自宅近くの総合病院から福岡県
久留米市にある久留米大学病院に転院していました。
甘いもの好きでアルコールは一滴も口にしないのに肝炎から重い肝硬変となり、
その頃は既に手術するためにかける麻酔を解毒する能力が肝臓にないため、
手術もできない状態になっていました。
今にして思えば、不自由な闘病生活だったであろうおふくろの唯一の楽しみは、
その時1歳半だった初孫(息子)と時間を忘れて戯れることだったと思います。

チャレンジャー号悲運の事故から数日経った休日、86年のカレンダーを見ると、
2月1日が土曜なので、恐らくその日のことだったと思います。
ぼくはカミさんと息子を連れ、いつものように久大病院にお見舞いに行きました。
主治医から聞く病状の重さをつい忘れさせるほど、おふくろはいつも元気な姿で、
だから大体2週間に1回のお見舞いが次第に億劫になり始めていました。
ぼくは内心、「そんなに頻繁に来なくてもいいよ」というおふくろの言葉を、消極的に
ではあるけれど、恥ずかしいことに期待している自分を感じていました。

しかし、そんなぼくの感覚とは逆に、その日のおふくろは珍しく「もっと来てほしい」
という意味のことを、突然ポツリと漏らしました。
今の今まで、ただの一度もそんな言葉を聞いたことがありませんでした。
心配をかけまいと芝居をし続けては来たけれど、ついにそれも限界に達したのか?
あるいは、どこかで何かの虫が知らせたのか?
後になって気づいても仕方がないのですが、当時のぼくは、その言葉から何ひとつ
感じ取ることができませんでした。
「うん、できるだけね」などと、表向きは調子のいいことを言いながらも、内心では
「こっちも忙しいのに勘弁してよ。高速代だってかかるし。何せ遠いんだから」。
いつも気丈に振る舞い続けるおふくろが、いまだかつて無いそんな弱気な言葉を
口にすること自体、何かしら重大な意思表示だったに違いなかったのに。

その日、病院に持参してきた何かを包んでいたのでしょう、数日前の新聞がベッド
の脇にあり、カラー写真付きの大見出しが目に入りました。
「スペースシャトル チャレンジャー空中爆発 乗員7人全員・・・」
おふくろの「もっと来てほしい」から話題をそらそうと姑息なことを考えたのかどうか、
今となっては誰にも分かりません。
少なくともそれ以降、二度と「もっと来てほしい」に話が戻ることはありませんでした。
ぼくは新聞を片手に、無意味にチャレンジャー号の話をいっぱいしたと思います。
おふくろは、どうでも良いようなぼくのシャトルの話を「そうね、そうね」と頷きながら
聞いてくれ、そしてそのままその日の面会が終わる時間になりました。

「じゃあ、またね」

その10日後、おふくろは静かに息を引き取りました。
雪が舞う2月の寒い朝でした。
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