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てるてるはお星さまになりました [暮らし]

ちょうど一年ぐらい前に記事にしたてるてる、頑張りました。
途中、危うくなったのは一度や二度ではありません。
危なくなっては回復し、もう駄目だと言われては蘇りました。
だけど、さすがに今度ばかりは駄目でした。

頑張って頑張って頑張りぬきましたが、10月10日、ついに力尽きました。
でも、もうここまで頑張ってくれたら、何も言うことはありません。
長く辛い思いをさせてごめんね、でももう頑張らなくても良くなったよ。
どうか、ゆっくり休んでね。

地元の中規模病院に最初の入院をしたのが去年の9月3日でしたから、ほぼ13か月。
その間、彼女の3人の娘たち(うちのカミさんが長女)は連日のお見舞い、ご機嫌伺い
&介助を日課としました。雨が降ろうが風が吹こうが、絶対にてるてるを見舞う。
日常的に朝昼晩、3人が交代で顔を見せる。それが13か月間、一日にも欠かさず。
途中、転院もあり、片道小一時間という難行にも耐え続けた。

13か月のお見舞い&介助励行・・・言葉にするのは実に簡単です。
だけど、実際に実行するのは大変だったことと思います。
まさに、言うは易し、行うは難し。
カミさんが喪主挨拶の中で申しておりました「後悔だけはしたくなかった」。

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(1年前にも掲載した写真。てるてる頑張れ!と思いながら撮った夕焼けの富士山)

後悔と言えば、今回、思い知ったことがあります。
ある人に言われました、「大往生ですね」。
てるてるは大正14年生まれ。当年で94歳になっておりました。
一般論で言えば、確かに大往生の部類かもしれません。
しかしぼくは、正直言ってイラっと来ました。
94歳だろうが100歳だろうが、元気でいて欲しい、「大往生なんてない!!」

ぼく自身も過去、何度クチにしたか分かりません。
「大往生ですね」「大往生でしたね」
だけど、言われたほうはきっとイラっとしたに違いありません。
そのことが、自分が言われてはじめて明確に分かりました。
実に情けないことですが、今回、本当にはじめて痛感しました。


大正14年生まれのてるてる。
大正、昭和、平成、令和と4つの時代を生きたんですね。
元々ちっちゃな身体でしたが、骨になったら更に小さくて、
こんなに小さな身体で頑張って来たんだなあと改めて感じました。

これまでお正月など、てるてるを中心に集まっていた孫たちも、
これから先は集まる機会が減るのかもしれません。
そんなことを考えると、改めててるてるの存在の大きさが偲ばれます。

ひとつの大切なことが終わりました。
すべからく物事には始まりと終わりがあるという意味において、
大切なことのうちのひとつが終わったという気がします。

さっき、カミさんがポツリと言ったのがとても印象的でした。
「明日から病院に行かないのが、何だかヘンな感じ」
だよねえ、日課そのものだったからねえ。
本当にいい娘たちに育てましたねえ。見事です、てるてる!

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去り行く「平成」に心より感謝 [暮らし]

ブログっていいよね。
日記をつけないぼくにとって、これはある種の日記みたいなものだ。

最近、特にそう思うようになった。
ブログって記憶を呼び覚ます貴重なツールだ、本当にありがたい―
たまに自分のブログを読み返しては、ああ、あの頃そうだったなあ・・・
なんてね、まったく生産性がない話だけど(笑)

先週の金曜から始まった未曽有の11連休も5日目の今日、平成31年4月30日。
いつの日かは分からないが、この記事を読むかもしれない未来の自分のために、
平成最後のこの日の自分を記録しておこうと思う。

       ***

昭和最後の日、昭和64(1989)年1月7日。
まだブログなんてものが無かったその頃、遠くぼんやりとした記憶をたどると、
この前年、昭和63年の晩秋ぐらいから昭和天皇のご病状は重篤になっていて、
世間は自粛ムード一色の中、いつもとはかなり違う年末年始だったように思う。

身近で最も象徴的だったのがこれだったんじゃないか。
日産セフィーロのテレビCM、陽水の消された「お元気ですかあ?」。



昭和の終わりは、能天気だったぼくにとって、まったく突然の出来事に思えた。
だから昭和の振り返りや次の時代への展望など、そんな余裕はまったく無かった。
それどころか、国民全体が喪に服すという暗い雰囲気に覆われていたように思う。

今でこそ“平成おじさん”として有名な小渕恵三官房長官(当時)による新元号の発表も、
新たなるスタートを祝福するような空気感には程遠いものだった。

jiji_obuchi_heisei.jpg
(時事通信フォトより転載)


昭和29年3月生まれのぼくにとって、昭和の時代は34年と10カ月≒35年弱。
そして平成の時代は30年と4ヶ月≒30年強。
昭和に学び、昭和で社会人となり、結婚も昭和なら、二人の子供も昭和生まれ。
ほとんどのことは昭和の時代に経験しており、平成の時代は言わばその延長線上の
出来事・・・そういうイメージがぼくの場合には極めて強い気がする。

昭和の時代は、ひとことで言えば、極めてエネルギッシュだったように思う。
戦略や戦術ももちろんあったに違いないが、目立っていたのは馬力のほうだった。
信じる道に突き進むが、時には大口も叩く。少しぐらいのワルなら目をつぶる。
行けると思えばトコトン頑張る。仕事も遊びも一生懸命。
どちらかと言えば、個よりも集団の結束重視という傾向が強かった。

しかし平成の時代は多様性が花開き、多方面に成長が分散したような気がする。
90年代初頭、悪夢のバブル崩壊で、知らず知らず身に付いた処世術なのだろうか、
昭和時代の多くのことに“No”を突き付けた。ワルには決して目をつぶらない。
信じる道をコツコツと。お金よりもやりがい。病気になるような頑張りは要らない。
小ぢんまりとしているが理路整然、完成度が高い。最初から多くを望まない。

昭和世代としては、うーん、そうなのかなあ?と思う。
未知なる一歩を踏み出すことへの恐れや躊躇が、過度に大き過ぎやしないか?
欲がないにも程がある。夢や希望は、すぐ手が届くところにありそうだ。
バイキンや雑菌も含めて、自然界の中の人間という生き物だと思うぞ?
ルールを守る。モラル意識も高い。列への割り込みなど絶対にしない。
一見、完成された大人の考え・・・といった“お利口さん”の若者が多いように感じる。
果たしてこれが良いことなのか、どうなのか。一長一短?

我が家のふたりの新人類たち、昭和の終わりに生まれた彼らはまさに平成の人だ。
上の♂は既に家を出てから10年が経つ。下の♀ももう6年になろうとしている。
ふたりとも自立した社会人として、世間様のご迷惑にならずにやれているようだ。
令和の時代、彼らにはどんな未来が待っているのだろうか?
心配半分、期待半分というところかなあ?

       ***

さて、本日17時からの退位の儀式、そして天皇陛下の最後のお言葉。
退位が崩御による場合しかあり得ないのなら、決して実現しなかったことだ。
こういうものをリアルタイムで拝見できる幸せは、まさしく何物にも代え難い。
堂々と、そして淡々と。一つひとつ噛みしめるような陛下のお言葉だった。

img_okotoba_01_01.jpg
 今日(こんにち)をもち、天皇としての務めを終えることになりました。
 ただ今、国民を代表して、安倍内閣総理大臣の述べられた言葉に、深く謝意を
 表します。
 即位から三十年、これまでの天皇としての務めを、国民への深い信頼と敬愛を
 もって行い得たことは、幸せなことでした。象徴としての私を受け入れ、
 支えてくれた国民に、心から感謝します。
 明日(あす)から始まる新しい令和の時代が、平和で実り多くあることを、
 皇后と共に心から願い、ここに我が国と世界の人々の安寧と幸せを祈ります。
 (画像およびお言葉の出典:NHK news web)

時代としての関わりの強さは、圧倒的に平成よりも昭和なのだが、
天皇陛下との距離感について言えば、昭和よりも平成のほうが圧倒的に近い。
55歳の時に即位された陛下も、今はもう85歳になられた。
ぼくなどが言うのも僭越至極ではあるが、本当によく頑張られたと思う。
これからはどうかゆっくりされていただきたいと心から願うばかりだ。

ありがとう、平成。
本当にお世話になりました。
どんな時代が紡がれていくのだろう、令和。
どうぞよろしくお願いします。

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さよならが目に沁みる [暮らし]

桜が咲いた。今年の桜も実に見事だ。
1年間、この日のために準備して、パッと咲いて 1週間あまりだろうか。
いつも思うことだが、桜って本当に健気で可憐。そして、美しくも儚い。
出会いと別れのシーズンに、文字通り、花を添えてくれている。

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(福岡市博多区御供所町、東長寺。3月28日 昼休みの徘徊中に撮影)

HM君は、確かぼくよりも2つ下だったと思うから、今年63だと思う。
そのHM君が退職予定だと聞いたのは、3月に入ったばかりの頃だった。
出来の悪い管理者Kの再教育を兼ねて単身赴任し、丸1年が過ぎていた。

HM君との付き合いは、かれこれもう35年ぐらい。
国立高専出らしい質実剛健タイプ。いかにも一本気で人情に篤い。
ぼくに無いものをたくさん持っていたから、年下だが学ぶところが多かった。
本当に色々とお世話になった。

電話ではとても冷静に話すことができないと思い、社内メールした。
その返信にあった一節、その言葉に驚いた。

「ここらで暫く休みたいなあ、という気持ちになりまして」

休みたいなんて・・・そんな言葉は、恐らく初めてだったんじゃないか。
そのひと言に凝縮された1年だったのだろう。
分かり過ぎて心が痛む。

              ***

今日、2019年3月31日。
たくさんの思い出が詰まった、薬院の九電記念体育館の閉館の日だ。
1970年代、色々なアーティストのコンサートで何度足を運んだだろうか。
一番記憶に残っているのは、やはりカーペンターズ。そして赤い鳥。
赤い鳥は3回ぐらいここで聴いたと思う。「赤い花 白い花」には本当に痺れた。

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(福岡市中央区薬院、九電記念体育館。画像はwikiより拝借)

毎年、同窓会をしている福ビルも、まもなく閉館、解体工事。
時は流れ、決して立ち止まることを許してくれないんだなあ。
さよなら福ビル。さよなら九電体育館。さよなら平成30年度。

HM君からの返信メールは、彼らしいこんな言葉で締めくくられていた。
「これからの人生を頑張ります」

あゝ、さよならが沁みる。

(コメント欄は閉じました)
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暑さ寒さも彼岸まで [暮らし]

台風24号、ようやく福岡は強風域を抜けたようです。
これから台風が向かう地域の皆さん、24号の暴風は物凄いです。
十分ご注意ください。


秋のお彼岸、
中日(秋分の日)からあっという間の一週間が経ちました。
暑さ寒さも彼岸まで・・・
昔の人の言うことは本当に凄いなあ。
いつも呆れるほど感心してしまいます。

秋のお彼岸と言えば、ヒガンバナ。
ソネットブログにも赤いヒガンバナが溢れてますが、
ぼくもその仲間に加わろうと思います。
緑色の田んぼのあぜ道に、一際目立つ真っ赤なヒガンバナ。
DNAはすべて同じ、ひとつのヒガンバナからの枝分かれだそうです。
で、以前聞いたことがあります、一旦植えると何の手入れも必要ないと。
何の手入れもしていないのに、毎年時期になるとキチンと咲くと。
自然の摂理って、魔法みたいですよねえ。

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(9月23日、秋分の日の夕方、ウォーキングの途中に撮ったヒガンバナ)


9月初めのことです。
今年93歳になったカミさんの母上、ぼくの義母ですね。
照子という名前なので、ぼくは「てるてる」と愛称で呼んでるんですが、
食欲が急に落ちたのを心配した彼女の娘たち(ぼくのカミさん含む)が、
年もトシなので通い慣れた地元の中規模病院に検査入院させました。

入院して1週間ぐらいが経った頃でしょうか、症状が回復するどころか
かなり悪化した結果、大規模病院でないと処置が難しいと転院要請。
てるてるは救急車で中規模病院から大規模病院へ運ばれました。
大規模病院でひと通りの検査をしたところ、中規模病院で受けていた説明
とはまったく違う話、違う病名を言われビックリしました。

狭心症と聞いていましたが、心不全と腎不全。
更に、病状が重いのは腎不全のほうであり、危篤と言ってもいい状態―
会わせておきたい親戚は今のうちに呼んだほうがいいと言われ、
全国に散らばる6人の孫は、急遽全員が呼び寄せられました。
どういうことなんだ、いったい!

転院して5日後、てるてるはICUを出て一般病棟に移りました。
幸いなことに、最悪だった数値はかなり持ち直したようです。
とは言え、正常な数値にはまだまだ程遠く、一進一退が続いています。
かつ、原因が取り除かれたわけではないので、いつまた悪化するとも
知れない不安定な状況です。

9月初め、もしも最初の病院でキチンとした処置をしてもらっていれば
状況はどうだったのだろう?
てるてるが不安がるので、わざわざ通い慣れた病院を選んだのに。
それでこんなことになるなんて―

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(9月27日、珍しく夕方の便で帰れたので夕焼けを追いかけて富士山を撮影)

生きていれば色々なことがありますね。
特に今は長生きの時代になってるから、誰もがお世話になる病院関係では
おかしな話がたくさん聞こえて来ます。

何だかモヤモヤしています。
カミさんは何も言わないけど、一番言いたいのは彼女ではないか?
ちょっとなあ、どうなんだろう、こういうのって。
やり場のない疑問の塊がなかなか消えません。

てるてる、早く元気を取り戻して欲しい。
てるてる、長生きして欲しいです。

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 [暮らし]

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  茶道、華道、剣道、そして弓道。
  この国の芸事や武芸に「道」の一文字がつくのは、
  それが自分を磨き、高めるための「道」だからでしょうか。
  勝ち負けよりも、礼を重んじる。
  相手を敬い、感謝の念を忘れない。
  そんな境地に通じる「道」


上の写真とコピーは、大和ハウスグループのCM冒頭部分です。
その存在に気づいたのは、確か12月のJALの機内誌だったと思うのですが、
12月以降もずっと継続して掲載されているようです。
ひょっとしたら、ぼくみたいなファンがいるのかなあ?(笑)

写真がとてもいいですね。
我が国の伝統文化は、どうしてどれもこんなに姿勢がいいのでしょうか。
姿勢は基本的で重要な第一歩。文字通り、対処するスタンスに通じますよね。
心構えと言えばいいのかなあ。精神論っぽくなってしまうけど。
でも、これがキモ、すべての原点だと思うんですよね。

アゴを引き、背筋を伸ばす。
今風に言えば体幹ですよね。インナーユニットが静かに躍動を始めます。
それにより、目から指先に至るまで、気持ちと身体が完全に一体化する。

冒頭のコピーにもあった通りです。
近視眼的に目前の勝ち負けに拘るよりも、もっともっと大切なものがあるぞ。
勝負は常に敗者を生むのだから、相手を敬い、感謝の気持ちを忘れないように。
目的は未熟な自分を高めるためだ。相手を打ち負かすためではない。

ピンと張りつめた空気の中にあって、調和以外のすべてを放棄したような佇まい。
茶道であれ、華道であれ、剣道であれ、そしてこの弓道であれ、みな同じでしょう。
見事と言う以外に、本当に言葉がありません。

        ***

純和風みたいに思える、「道」。
海の向こうではどんな感じになるのでしょう?
皆さんよくご存知のものをピックアップしてみました。



1977年リリース、ご存知ビリージョエルの“Just The Way You Are”
“素顔のままで”という日本語タイトル、なかなかの名訳だと思いますね。
「道」という日本語、英語でもっとも近いのは、この“way”ではないでしょうか。

77年、皆さんはどんな年でしたか?
ぼくは1年ダブった学校を卒業し、ようやく就職したのがこの年でした。
世の中はまだまだオイルショックを引きずっていたし、遊び惚けた5年間だったから
希望していた分野の職には就けず、半ば腰掛け就職のつもりでした。

以来、サラリーマンの道を歩き続けて早42年目になりました。
過ぎ去った時間を振り返れば、先輩に恵まれ、同僚に助けられ、顧客に教えられ。
今はもう、心の底から本当に感謝の念があるのみです。




「道」と言えば、思い出すことがあります。
人知れずフェードアウトされた某B氏のことです。
B氏は曽根風呂の中では数少ない、リアルに接したことのある人でした。

ある時、B氏が実家で穫れた農作物を並べて撮った1枚の写真を提示していました。
それはまさに「道」という文字が形作られており、これから先待ち受けるであろう
多難な未来にも力強く挑んで行きたい、そんな心意気が感じられました。
ぼくは大人気の彼のページのコメント欄に、その旨を簡潔に2、3行で書きました。
恐らくはその直後、B氏がぼくのページへコメントをくれました。

  song4u様
  度々のコメント痛み入ります(^w^)
  実は・・・ズバリおっしゃるとおりで
  The long and winding road
  を表現したかったのです!!
  分かっていただいて涙がでるほど嬉しいです。。。
  本当に有難うございました(^m^)
  by rtfk (2011-10-04 22:08)

  ■rtfkさん
  やっぱりそうでしたか。
  ぼくはひと目見た時から、条件反射みたいに思い浮かびました。
  ただ、あの場所は大人気だから、たくさんの人目に触れてしまう。
  だから、あれ以上を書くのは遠慮しました。
  でも、ここなら大丈夫です。誰も見てませんから。(笑)

  端緒だけだけど、でも rtfkさんには十分伝わると思ってましたよ。
  なぜなら、ぼくも昔、まったく同じ気持ちになったからです。
  それまでは特に気にしてなかった歌詞が気になりました。
  色々な解釈が出来る、なかなかいい歌詞なんですよね。

  will never disappear だからね!
  always leads me here ですよ!
  leads me to your door なんです!!
  by song4u (2011-10-04 23:07)

獏ちゃん、元気にしてるかなあ。
ぼくはね獏ちゃん、心配でたまりませんよ。
いや、ぼくだけじゃない。曽根風呂には心配してる人がたくさんいますよ。
いつか戻って来れて、以前と同じように楽しくやれたらいいね。
そうなるように心から祈っていますよ、獏ちゃん!!

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さくら便り [暮らし]

平成30年3月31日(土)。
平成29年度の最後を飾る日なんですが、土曜なんですよね。
そして明日、平成30年度の記念すべき幕開け第一歩の日は、日曜なんですね。
旧年度の最後も新年度の最初も、隠れるようにこっそりと休日にやって来るなんて、
ごめんね、何だかちょっと拍子抜けだって言うと、ちょっと言いすぎかなあ。

ところで、さくらが満開ですね!
街中の至るところにあるさくらの木に、人々が嬉しそうに群がっています。
毎年、花見の頃になると、恒例のような「寒い・強風・雨」の三重苦に悩まされますが、
今年は奇跡的なほどの好天続きで、本当に有り難いことこの上なし。
・・・と、さくらもそう申しておりました(笑)

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(東長寺のしだれ桜。昨日3月30日、昼休みの徘徊中に撮影)

写真の東長寺は、ぼくの勤務先である博多駅筑紫口とは反対の博多口側、地下鉄
祇園駅出口すぐの博多区御供所町(ごくしょまち、と読みます)にあります。
天気が良くて時間がある時の、朝&昼の徘徊ルート上のポイントでもあります。
弘法大師が建立されたというこのお寺をはじめ、博多駅の北西には神社仏閣が多く
点在しており、いつも有り難い徘徊をさせていただいている関係上、きっとぼくは
ボケずに済むのではないかと密かに期待しているところでございます(笑)

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(東長寺の六角堂で花見をしている人々。昨日3月30日、昼休みの徘徊中に撮影)

駅近であることも手伝ってか、東長寺の境内には多くの花見客がいました。
また、撮影時刻が昼休みであったためでしょう、数十人の方々が弁当持参でした。
写真は福岡市の文化財にも指定されている貴重な六角堂なんですが、ここでも
花見弁当持参のさくら女子の面々が楽しんでおられました。
恐らく東長寺さんがOK、どうぞ楽しんで下さいと粋な計らいをされたのでしょう。
やってくれるよね、さすが東長寺さん!!


さて、明日から新年度です。
大好きだったラジオ番組も、いくつか幕を閉じることになりました。
ウォーキングとともに始まったラジオ聴取なので、リスナー歴はまだ5年足らずの
新参者ですが、たった5年とは思えないほどの愛着があります。
ラジオはテレビと違って半年や1年という短期で改編になることはほとんどなく、
10年、20年クラスがゴロゴロしている中でのクローズです、さぞかし感慨も
深いものがあるんだろうなあ・・と思いながら最終回を聴いています。
明日最終回を迎える17年目の「サンデースイングライフ」の佐々木謙介さんは
御年80歳。本当に本当にお疲れさまでした!!

年度替わりには付き物の環境の変化。
学生さんなら新入学や卒業、就職。社会人なら異動や転勤、昇進など。
新たなる環境に身を置いた緊張の中、とにもかくにも第一歩が踏み出される。
それぞれに持つ期待と不安を従えて、未知へのチャレンジが始まる。

ぼくがお世話になっている事務所でも6人が転出、新たに6人が加わります。
今年の転勤は、引っ越し作業の日程確保が大変だったようですね。
大手の引っ越し業者が軒並み受注を調整したらしく、東京→福岡の引っ越しに
百万円超の見積(やりたくない見積)が来てビックリしたという話を聞きました。
社内では、4月の人事異動を見直す(時期をずらす)動きまで出て来ました。

最後にもう1枚、写真を貼りたいと思います。
この2年間、毎朝お世話になっていた会社近くの珈琲ショップP店のIさんが
退職された日のものです。

180309_083216rr.jpg
(Iさんが淹れてくれた最後の珈琲。3月9日の朝、自分のデスクにて撮影)

Iさん「長らくお世話になりましたが、本日を以て辞めることになりました」
ぼく「え~! どうしたの?!」
I「この4月から子供が小学校にあがりまして。時間帯が合わなくて・・」
ぼ「ああ、そういうことなんですか。この先もどこかで働くの?」
I「ええ、働きたいと思っています」
ぼ「そう。是非そうして下さい、そのほうがいいよ!」
I「色々と声を掛けて下さって、ありがとうございました」
ぼ「こちらこそ。この先も頑張ってね!」


満開のさくらに、しばし癒されたいですねえ。
そしてみんな、新しい環境にひるまず、全力で挑んでもらいたい。
叩けよ、さらば開かれん!

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木蘭の涙 [暮らし]

2011年3月11日(金)。
天気が悪かったという記憶はないので、きっと天気は良かったと思う。
お昼を過ぎ、その時はやって来た。14時46分。

ぼくはJR品川駅港南口にあるビルの1F、エレベータホールにいた。
デスクは東品川にあったのだが、何かの打合せで品川オフィスに来ており、
当時まだタバコを吸ってたぼくは、1Fにある喫煙所から9Fの打合せ場所に
戻ろうとしていたところだった。
エレベータが到着してドアが開き、さあ乗ろうというその瞬間、
エレベータの照明が消えると同時に、聞き慣れない自動音声が流れた。
「地震です、エレベータを降りて非難して下さい。地震です・・」

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(庭のハクモクレン。本日3月11日、13時半頃に撮影)

このブログには何度も登場していると思います、我が家の白木蓮。
このところの暖かさが影響したのでしょうか、春の陽射しをいっぱいに浴びて
今週には咲きそうです。

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<追記 2018/3/18>
まっちゃんのご依頼により、満開のモクレンを再度掲載します。
しかしながら甚だ残念なことに、満開をとっくに過ぎておりました。
なにしろ大豪邸なので、モクレンの場所まで3時間ぐらいかかるのです(爆)

IMGP0003rr.JPG
(満開を過ぎたハクモクレン。上の写真の1週間後、3月18日の13時半頃に撮影)
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7年も前のことだとは思えないほど、とても鮮明に憶えています。
その後、次々と明らかになった津波の大惨事は皆さんご承知のとおりです。
当時ぼくは人事部におり、被害地域の社員の情報収集のために23時ぐらいまで
会社にいましたが、一段落したので帰宅の途につきました。

公共交通機関はすべてSTOP。
まあ、こんな大災害が起こってしまっては致し方ありませんよね。
東品川のオフィスから住まいのあった糀谷までの8kmぐらい、歩き慣れている
今なら何と言うことのない距離なんですが、当時は何の運動もしておらず
徒歩2時間は結構きつかったような気がしました。
それにしてもみんなどこまで帰るつもりなのか、真夜中であるにも関わらず
第一京浜(国道15号)は延々と徒歩帰宅組の大集団です。
正直、これはすごく心強かった。

信号機は消えていました。
警察官が交通整理していましたが、大渋滞。歩いたほうが絶対速い。
帰宅途中、沿線の靴屋を覗くと、運動靴は軒並み売り切れです。
自転車屋さんでは、「自転車は売り切れました」の貼り紙。
コンビニに立ち寄っても、パン・おにぎり・カップ麺の棚には何もありません。
寒さはあまり記憶にありませんが、空腹が襲って来たのはよく憶えています。
京急蒲田を過ぎて、環八沿いのお店に空席を見つけました。ラッキー!!
何を食べたか忘れましたが旨かった、生き返りました。

帰宅したら、1時をとうに過ぎていました。
電子レンジの上に乗せていたトースターが床に転がっていましたが、
それ以外に特に変わったことはありませんでした。
確か震度5強だったと思いますが、実に幸運だったと思います。

翌週以降もしばらくの間、電車はまともに動きませんでしたね。
エリアの広いJRはまだ理解できますが、どうしてエリアの狭い私鉄まで
JRに右へ習いになったのか、今でも理解できていません。
スーパーは薄暗くてヘンだし、日配品はもちろん品切れ続出。
ガソリンスタンドに行けば長蛇の列だったですよね。
計画停電、するぞするぞと脅かされてビビリまくりました。
結局、停電はなかったけどね。


皆さん、もう7年でしょうか。
まだ7年でしょうか。

この7年で変わったこと、変わらなかったこと。
・単身赴任地から、ホームグランドに帰ることが出来た
・グループ会社に5年間お世話になり、また元の会社に戻った
・娘が自立したいと言い、家を出た
・震災の年(2011年)の冬前に禁煙開始、既に6年以上を経過
・2013年2月のドックで指摘を受け、その年の春よりウォーキング開始
 その後、ランニングに進化
・朝の目覚めが早くなった、ほとんど目覚まし要らず

被災地の復興は、7年が経過しても未だ途上のようです。
大切なのは、こうして忘れないようにすることではないでしょうか。
みんなの「頑張れ東北応援団」という気持ち、決して色褪せてはいません!


何だか今夜は『木蘭の涙』が聴きたい。
よくスターダスト・レビューらしくないと言われるこの曲ですが、
ぼくはそんなことはないと思います。



2万2千人を超える方々が犠牲になられたと聞きました。
心より哀悼の意を表したいと思います。

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年賀状の短信 [暮らし]

年賀はがきの当選番号が発表になりましたね。
皆さま、もう確認行為は完了しましたでしょうか?
我が家も照合チェックを終えまして、切手シートが当たっておりました。
だけど、郵便局に引き換えに行かないまま時が過ぎるんですよね、きっと。
毎年毎年の同じパターンにちょっと呆れてしまいますが(笑)

さて、今日のテーマは年賀状の短信です。
トシを取るに従い、年賀状に書いてある短信にも味わい深いものが増えました。
いくつかご紹介したいと思い写真を撮ろうとしたのですが、いざやろうとすると
名前や住所が写り込み、なかなか簡単じゃないことに気づきました。
で、結局、モザイクを掛けずに済むものだけを組み合わせたというテイタラク。
我ながらどうしてこうも無精者なのか。いかんよキミ。

IMGP0030rr.JPG
(年賀状の短信、手動コラージュ。笑)

年賀状です。
だから当たり前ですが、ほんの数行しかない本当の短信です。
でも目にした瞬間に、心の中には短くない返信がこだまします。
今日はそれを少しだけ書いてみたくなりました。


まずは右上から。
ぼくも人のことは言えませんが、ミミズが這ったような字のFさん。
もう何年も手書き文字を拝見していないように思いますが、今年もまた
プリンタ文字なのは相変わらずですね。
お酒方面一筋の真面目な性格で、運動などまったく無縁だったFさん。
畑仕事に喜びを感じるという昨年の短信に引き続き、今年は犬の散歩という
隠しダマにまたビックリ。加えて今年70歳!!に超ビックリであります。
Fさん、お元気で本当に何よりです♪

次、左上です。
久しぶりに拝見しました、大恩人Tさんの独特のこの字。懐かしい。
ぼくのおぼろげな記憶では、昨年までの年賀状に短信はなかったと思います。
その代わり、やや長文の携帯メールでしたよね。それも楽しみでした。
いつも仰ってましたね、「ボケたもん勝ちだ」と。
絶対に自分のほうが先にボケてみんなに迷惑かけまくるゾ、なんて。
ところが世の中、やっぱりそうそう甘くはないようですね。
最愛の奥さまと、どうぞ仲良く過ごされて下さい!!

最後は下段、今年最も印象に残ったKさんからの年賀状です。
いつも素晴らしい毛筆の年賀状だったKさん、今年はペン文字でした。
定年前に勇退されて介護事業を立ち上げられ、順調でしたよね。
やはり一番の懸案は後継問題だったのでしょうか。
これまで本当に長く頑張って来られたと思います。
ここで少しぐらいゆっくりされても、神さまには怒られないと思いますよ。
「自由人」という言葉、なかなか素敵な響きですね。
ぼくも程なく仲間入りかなあ・・その時は仲良くして下さいネ♪

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メリークリスマスイブ♪ [暮らし]

本日12月24日、クリスマスイブであります。
例年、天皇誕生日である12月23日の翌日がイブにあたっており、
イベント的にも商業的にも極めて好都合だったわけですが、
退位される2019年以降、12月23日の取り扱いが決まっておらず、
それに連動して12月24日の運命はどうなってしまうのか?
ちょっと心配なような、どうでもいいような(笑)

というお話はさて置き。
我が家では、イブだというのに単なる普通の日曜日なのでありまして、
クリスマスケーキも無ければ特別な料理が食卓を飾ることもありません。
ちょっとぐらい何かあっても良さそうなモンだけど。
何だかなあ。やっぱりちょいと寂しいかも。

IMGP0009rr.JPG
(先日の大阪出張みやげ「りくろーさん」だけが辛うじてクリスマス気分^^;)

そう言えば、昔のクリスマスケーキはバタークリームでしたねえ。
数年前に記事にした、“クリスマスケーキを支給する高校”で配られたのも
バタークリームだったし(なにせ50年近く前の話だからね)、
当時はそれが当たり前だった。
その後、冷凍冷蔵庫の普及とともにアイスクリームのケーキになり、
豊かな世相を反映して生クリームのケーキになったのはご承知のとおり。
いつの間にか高級化、高価格化の一途というわけですね。

我が家ではどうだったのか?
我が家では、ぼくが単身赴任するまでは、普通にクリスマスケーキが
ありました。アイスクリームのケーキ、生クリームが出始めた辺りかな?
その辺でぼくが転勤になり、年末年始に帰省する関係で、クリスマスに
家に居ないことが多くなった頃から、カミさん&娘の連合軍が幅を利かせ
ケーキ離れが始まったようです。

その後しばらくはホールケーキからショートケーキに変遷したけれども、
ケーキそのものはあったようですが、いつしかそれも無くなってしまい、
クリスマスとケーキは疎遠になり、やがて無縁になったようです。
そして子供たちが巣立った後、ついにクリスマス自体も完全にお役御免。
今では何でもない、ごくごく普通の日になりました。

ま、いいんですけどね。
我が家は禅宗曹洞宗の仏教徒だから、基本的には関係ないし。
・・・なんてね、こんな時だけ仏教徒を持ち出して強がってみたりして^^;
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夏は来ぬ [暮らし]

先週の土曜、15日に2017年の山笠が終わったようです。
「終わったようです」なんて、取りようによっては何だか無責任な
言い方にも聞こえますが、ぼくは博多っ子ではないモンで。
そう言えば、生粋の博多っ子って誰がいますかね?

・漫画家の長谷川法世さん(漫画『博多っ子純情』、通りもんのCMも有名)
・チューリップのドラマー上田雅利さん(カラオケの定番は『博多っ子純情』)
・映画監督の川島透さん(地元のローカル番組にご意見番で出演中)
・コメディアンの小松政夫さん(地元では有名)・・・など

※例えば、タモリ(南)、武田鉄矢(南)、博多華丸(西)、財津和夫(東)の各氏は
 広義の福岡人であって、決して博多人ではありません。
 ちなみにぼく(西)もそのクチ。
 ( )内は、博多から見た各氏の出身地区の方角

山笠が終わると気分は一気に夏ですが、今年は梅雨明けが遅いですね。
このムシムシもいい加減ご勘弁願いたいものですが、もう真夏日も多いし
だからでしょうか、随分前からクマゼミまで鳴いてるし。
部分的には既にしっかり夏到来!って感じの今日この頃です。
というわけで、終わってしまった山笠ですが、気にせず記録します。(笑)

170622_081534rr.jpg
(博多駅前で準備中の十七番山笠~この時点では中身はまだ空っぽ 6月22日撮影)

170705_081349rr.jpg170706_165735rr.jpg
(博多駅前の十七番山笠 7月5日撮影)   (新天町の十二番山笠 7月6日撮影)

飾り山です。
絢爛豪華な飾り山は、すべて博多人形師渾身の作なんだそうです。
今年は偶然にも山笠展示期間中に天神に行く所用があったので、新天町の
十二番山笠を撮る機会に恵まれました。
こうして見比べてみると、博多駅の山笠が大きいのがよく分かります。
大きさの違いは、単に天井高の制限のためではないかと推測されます。

準備中の写真が大きく、本チャンが小さいのはどうしたことか?
そんな声が聞こえて来そうですが、世の中にはこういうことも多いのです(笑)
「本末転倒」・・・良い子のみんなはこうならないように気をつけよう!^^;


ところで、最近の新発見なのであります。
それはね、なかなか見つからなかった大阪土産の開拓!
月イチで大阪出張しておりますが、まあ何か買って帰ってやろうかな?
なんて人並みに考えるわけですね。
でもね、これまでの定番大阪土産って・・・

・赤福(大阪じゃないよね、これ)
・551のぶたまん(新幹線の中に臭いが充満します)
・たこ焼き(お土産か?笑)
・堂島ロール(昔、流行りましたね)
・ミニシュークリーム(独自性が薄い)・・・etc

何だかどれもイマイチなんだよね。
そんな中、待ちに待った、期待の新星が現れました!
その名も、『りくろーおじさんのチーズケーキ』!!

IMGP0011rr.JPG

スフレです、これ。なかなかだと思います。
これまでに3回買って帰りましたが、いまだに好評をキープ中。
りくろーさんの主な特徴は・・・

・めちゃ安!(ホール1個が685円税込み。2個買っても1300円強)
・本当に美味しい(笑)
・冷蔵庫で保存3日間はまったく問題ない

新大阪駅、新幹線中央口を出て直進、売店をひとつ通過したところにお店が
あります。なお、在来線側の集中店舗コーナーにもあるようです。
久々の大ヒットって感じ(インディアンうそつかない♪)
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2015 母の日 [暮らし]

いつからだろう、カミさんは自分のことを「おかあさん」と言い
ぼくも知らず知らず、自分を「おとうさん」と言っていたりする。
いかに子供たち中心の生活になっていたかが良く分かる気がします。
今日はそんなおかあさんたちの存在に、改めてスポットを当てる日・・・

「母の日」

ぼくは常々思っています。
母親って、父親の10倍はお得な感じがするなあ、と。
ただ、20倍大変かもしれないなあ、と。
父親は、どうあがいても母親には勝てません。
いや、勝ち負けの問題じゃないんだけどね。(笑)

朝、カミさんの携帯が何回か鳴っていたようでした。
きっと娘からの「母の日おめでとう♪」メールに違いない?
息子がそんなメールを送ったなんて話は聞いたことがありませんからね。
1年に1回の母の日なんだから、メールのひとつぐらい入れろよな、Y彦!
なんてね。ま、いいか、そんなことは。

150502_172516r.jpg
(れんげのじゅうたん。2015年5月2日撮影)

上の写真は、先週のウォーキング中に撮ったものです。
れんげは稲作の田んぼに植えられているようです。
今日、同じところを通ったら、既に鋤かれていて跡形もありませんでした。
着々と田植えの準備が始まっている、ということでしょうか。
1年って、本当にあっという間ですねえ。

下の写真は、今日のウォーキング中に撮りました。
里山近くを徘徊していると、相変わらず色々な鳥のさえずりが聞こえますが、
草花も負けず劣らず赤、紫、黄と一気呵成に咲き始めていますね。
アザミを撮ったつもりが、ナナホシテントウ君のおまけ付きでした。(笑)

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(ウォーキング中のひと休み。アザミの花。2015年5月10日撮影)

さて、最後は母の日記念の一品。
とろろ蕎麦に、電子レンジでチン!した温玉を乗せてみました。
題して、とろろ蕎麦温玉のせ(そのまんまやん!笑)
こういうのが美味しい季節になりましたね。

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今までで一番辛かった告別式 [暮らし]

ぼくの有能なブレインである I君の奥さま、A子さんが4月3日に亡くなりました。
昨日4日がお通夜、そして今日5日は告別式でした。
終日どんよりとした天候の中、列席者は見覚えのある顔でいっぱいでした。

2年前の3月末に見つかった膵臓ガン。
開腹手術をしたものの、全部位を切除できずに骨転移となってしまいました。
昨年秋口からは抗がん治療も中止し、どちらかと言えば緩和ケアに比重が置かれました。
4時間おきに飲む、痛み止めをはじめとする介助は本当に辛かったことと思います。
良く頑張ったね I君、そしてA子さん。

I君は51歳、A子さんはまだ49歳でした。
2人の娘さんは去年社会人になられた長女さんと、2日に大学生になられたばかりの次女さん。
A子さんとしては、まだまだ見届けたいことがたくさんあったハズですよね。
無念も無念。返す返すも後ろ髪が引かれるばかりであったことでしょう。
しかし、喪主挨拶の中で I君が教えてくれました。
病気が発覚した2年前、当時47歳の彼女は I君にこう言ったそうです。

「思い残すことはありません。幸せな人生でした、ありがとう」

平均寿命が80にもなろうかというこのご時世、とても50前の夫婦の会話とは思えません。
ぼくの涙腺は、不覚にもこの一言で決壊してしまいました。
I君の喪主挨拶は自分の気持ちに誠実な、もちろん妻A子さんへの愛情いっぱいの
今までに聞いたことも無いような、参列者のひとり一人に語りかけるような挨拶でした。
感動しました。心が震えました。

ぼくとしては逐一状況を聞いていたから、内情の多くを知っていたつもりでした。
しかし、やはりと言いますか、知らない話もたくさん出てきました。
とは言え、本当に本当に居たたまれない。
語るも涙かもしれないけれど、聞くこちら側としてもまた、涙々です。
改めて、ああ、こんなにも辛い中で苦しんでいたんだなあ、頑張っていたんだなあ・・・
そう思うと、またしても止めどもなく涙が溢れました。

夫婦って何なのだろう・・・
親子って、家族って、人生って・・・


今日2015年4月5日(日)は、ぼくの中で「何かが始まった日」という気がします。
だから、それを書き残すために記事にしようと思い立ちました。
A子さんの安らかな眠りに、合掌。
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桜三月散歩道 [暮らし]

愛読ページは数あれど、やっぱり同世代のページは安心できます。
例えば cafelamamaさんのページには、思わずニヤリとしてしまうことも多い。
最新記事のタイトルなどその最たるもので、ぼくも同名のタイトルで記事を書きたくなった。

『桜三月散歩道』
殊更ぼくなんかが言う必要もないのですが、アルバム『氷の世界』の中の一曲ですね。
この曲、ぼくにはちょっと信じられないのですが、セリフ入りなんですよね。
初めて聴いた時、ぼくは陽水は狂ったのかと思った記憶があります。
あの陽水が、曲間でセリフを喋るのか?!

ところが・・・
歌詞検索をしたところ、歌詞には陽水のセリフ部分の記述がない。
(興味がある方は下記のリンクからどうぞ。因みに他の歌詞検索も内容は同じです)
http://www.kasi-time.com/item-12222.html

で、ちょっと脱線するんですが、この曲、作詞が陽水じゃないんですね。
ぼくは今の今まで、当然ながら陽水の作詞だと思ってました。
というのも陽水、特に作詞に関しては独特の強烈な拘りを持っているようで、
簡単に他人に任せたりしないのは周知の事実だと思ってましたからね。

『桜三月散歩道』
作詞:長谷 邦夫
作曲:井上 陽水
長谷邦夫さんに関するwiki:http://xtw.me/XFymZHo

驚きました。
長谷邦夫さん、出自が漫画家だったなんて。
それもCOMに『ねじ式』の向こうを張って、『バカ式』なんて作品を発表してたなんて!
その上、赤塚不二夫とセットで行動していたなんて!!
そう言えば、『長谷邦夫』というクレジット、どこかで見た記憶があるなあ、確かに。


今日は途中マックの休憩、公園ベンチでのひと休みを挟んで3時間ぐらい歩きました。
歩数:23,090歩(19.1km)、消費カロリー:975kcal、燃焼脂肪量:72グラム
日曜にしてはやや控えめな数字。文字通り、桜三月ぶらぶら散歩という感じです。
上はランニング用のメッシュのシャツ1枚。ウィンドブレーカーは腰に巻きました。
今日はラッキーにもPM2.5も少なく、ぽかぽか陽気。春爛漫ですね~。

IMGP0228.JPG
(近くの中央公園にて。2015年3月28日撮影)

当地では満開の桜もありますが、まだまだの桜もあります。
全体的に言えば、6分から7分咲きというところでしょうか。
次の水木あたりに降るらしい雨が、何とか弱いことを祈るばかりです。
桜はこんなにも可憐な姿なのに、本当に言葉にならないぐらい潔い。
この潔さは筆舌に尽くし難い気がします。
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祝 博多駅地下街 50周年! [暮らし]

■お詫び
 前記事にはたくさんのnice!やコメントをいただき、ありがとうございました。
 それに引き換えまったくフォローできておらず、心苦しいばかりです。
 誠に誠に申し訳ございません。m(_)m

***** ***** *****

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(昨日11月14日、朝のウォーキング中に撮影)

今日11月15日は、博多駅地下街が誕生して50年目なんだそうです。
きっと当初はこぢんまりとした地下街だったんだろうと思います。
それが地下鉄博多駅が出来、新装博多駅になってリニューアルした一番街と繋がり、
もちろん従来通りにデイトスとも連結し、博多阪急の地下とも繋がったりしている内に
福岡では天神地下街に次ぐ一大地下街となりました。

ぼくは毎朝、ウォーキングでお世話になっております。
朝、博多駅に到着するや否や、まずは地下鉄祇園駅までの地下連絡通路を往復。
その後、曜日によってはラジオを聞きたいが為に地上へ出たり、また地下へ降りたり。
天気が悪ければ地下へ、もしくは暑ければ地下へ。風が強ければ地下へ。
・・・と、そんな風に地下街の恩恵を享受しております。

昼食後も、当然、地下街ウォーキングです。
最近ではいつもすれ違う常連さんが数名おられ、目でご挨拶しております。
彼らは一筋縄ではいきません、相当に強烈な筋金入りです。
例えば足元に着目すれば、彼らは革靴ではなくウォーキングシューズなわけです。
ウォーキングシューズで出勤するわけではないだろうから、きっと昼食後に履き替えて
いるわけですね。革靴のぼくは、「勝てんなあ」と呟くしかありません。(笑)

地下街を「歩き」だけで使っては申し訳ない。
そんなことをふと思い、最近ではなるべく商業利用しようと試みております。
筆頭は、距離的にも近いので、何と言っても昼食利用ですね。
しかし、「駅価格」である点と、味・値段の割りには混んでるというマイナス要素。
これにはなかなか厳しいものがあり、イマイチ進展しておりません。
タマに利用してるのは、因幡うどんと吉牛ぐらいかなあ?

ところで、50周年ということは、1964年開業ということですね。
半世紀前、song4u少年は10歳の小5でしたが、1964年の一大イベントと言えば、
何と言っても東京オリンピック!!
しかし、他には何があったのでしょう?
wikiからの転載(一部抜粋)で当時を振り返ってみましょうか。

1月
・日本麦酒がサッポロビールに社名変更。
・森永製菓が日本初の高級チョコレート「ハイクラウン」を発売し、大ヒット商品となる。
・カルビーが「かっぱえびせん」を発売。

2月
・ロッテが「ガーナチョコレート」を発売。
・ビートルズが初訪米。
・日本国有鉄道が予約システムマルス101の利用を開始。

3月
・本田技研工業が「S600」を発売。
・早川電機(現 シャープ)が、日本初の電卓、世界初のオールトランジスタ・ダイオード
 の電卓(電子式卓上計算機)コンペットCS-10Aを発表。
 数十センチの大きさ(現在のレジ並の大きさ)で重量25kg。
 53万5000円(当時の大卒初任給2万円の時代で、自動車並みの価格)。

4月
・日本人の海外観光渡航自由化。ただし年1度、所持金500USドルまでの制限付き。
・IBM、汎用コンピューター「System/360」を発表。
・東京12チャンネル(現在のテレビ東京)が開局。
・日本、OECDに正式加盟
・週刊誌「平凡パンチ」(平凡出版)が創刊。

6月
・三菱系3社の合併により三菱重工業発足。
 (昭和45年には、自動車部門が三菱自動車工業として分離独立)
・山形空港開港。

8月
・サンフランシスコ・ジャイアンツの村上雅則がメジャーに昇格。
 日本人初のメジャーリーガーとなる。
・フジテレビの長寿音楽番組『ミュージックフェア』放送開始。

9月
・東京モノレール開業(片道250円)。
・読売新聞が九州に進出、西部本社で発行開始。(世に言う「読売戦争」勃発)
・大阪市営地下鉄御堂筋線の新大阪駅 - 梅田駅間が開業。
 (1970年には北大阪急行電鉄との直通運転を開始)

10月
・東海道新幹線開業。
 (東京 - 新大阪間。運賃・料金は合算でひかり2,480円、こだま2,280円)
・日本武道館開館。
・やまなみハイウェイ(大分~熊本)開通。
・第18回夏季オリンピック・東京大会(東京オリンピック)開催、開会式。
・大関酒造(現大関株式会社)が「ワンカップ大関」を発売。
・ソ連のタス通信、フルシチョフがソ連閣僚会議議長及びソビエト連邦共産党
 第1書記を辞任したと報じる。コスイギンがソ連閣僚会議議長、ソビエト連邦
 共産党第1書記にはブレジネフがそれぞれ選出された。
・池田勇人首相、東京オリンピック閉会式の翌日に退陣を表明。

11月
・自由民主党第5代総裁に佐藤榮作が指名され、首班指名を経て佐藤政権発足。
・中埜酢店(ミツカン)が「味ぽん」を発売。

1964年の音楽
・7月、マイルス・デイヴィス初来日

1964年のヒット曲
・美空ひばり『柔』
・坂本九『明日があるさ』
・村田英雄『皆の衆』
・都はるみ『アンコ椿は恋の花』
・ペギー葉山『学生時代』
 (高校修学旅行で音程外して歌ったのをいまだに言われます。懐かしいなあ)
・江利チエミ『新妻に捧げる歌』
・青山和子『愛と死をみつめて』
・岸洋子『夜明けのうた』
 (これも修学旅行で歌ったのに、こっちは誰も言ってくれない。不思議だなあ)
・園まり『何も云わないで』
・水前寺清子『涙を抱いた渡り鳥』
・和田弘とマヒナスターズ、松尾和子『お座敷小唄』
・コロムビア・ローズ『智恵子抄』
・井沢八郎『あゝ上野駅』
・ザ・ピーナッツ『ウナ・セラ・ディ東京』
・西田佐知子『東京ブルース』
- この年は、タイトルに "東京" のつく楽曲が目立った。

1964年の映画
・モスラ対ゴジラ
 (観ましたねえ。懐かしいナ)
・宇宙大怪獣ドゴラ
 (・・・記憶にないなァ)
・三大怪獣 地球最大の決戦
 (もちろん観た。カッコ良かった!)
・日本一のホラ吹き男
 (大好きだなあ、植木等)

1964年の文学
・芥川賞
 第51回(1964年上半期) - 柴田翔『されどわれらが日々──』
 第52回(1964年下半期) - 該当作品なし
・直木賞
 第51回(1964年上半期) - 該当作品なし
 第52回(1964年下半期) - 永井路子『炎環』、安西篤子『張少子の話』

1964年の雑誌
・『平凡パンチ』創刊
・『ガロ』創刊

1964年の漫画
・『サイボーグ009』(石森章太郎)週刊少年キングで連載開始
・『オバケのQ太郎』(藤子不二雄)週刊少年サンデーで連載開始
・『カムイ伝』(白土三平)ガロで連載開始

1964年のテレビ
・大河ドラマ「赤穂浪士」(NHK、出演:長谷川一夫、滝沢修、尾上梅幸 (7代目) )
・連続テレビ小説「うず潮」(NHK)
・「ひょっこりひょうたん島」(NHK)
・「木島則夫モーニングショー」(NET)
・「忍者部隊月光」(フジテレビ)
・「ミュージックフェア」(フジテレビ。現在も放送中)

1964年のラジオ
・「日立ミュージック・イン・ハイフォニック」(ニッポン放送)
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還暦記念 10kmマラソン [暮らし]

この年度末は、どうしたことか未曾有の忙しさであります。
ぼくが所属する会社の取引先は主に自治体、及びそれに類する団体でありまして、
一般的に言うところの消費増税の影響は極めて軽微です。
なのにどうしたんでしょうかねえ、一体全体。

そう言えば、多くの荷物が遅滞気味という話です。
理由は何かと言うと、通販の駆け込み需要なんだそうですね。
それほどまでに通販の占める割合が大きくなったと言うことなんでしょうけれど、
そのために一般の着荷に影響が出るようじゃ困るなあ。
・・・なんてね、通販の駆け込み購入をしたヤツが言えた義理じゃありませんが。(恥)

さて、私事で恐縮ですが、半月前に還暦を迎えました。
ひとつには、これが年度末の忙しさに拍車を掛けております。
ま、有り難いことですから、文句を言っちゃバチが当たるのですが。
で、そんな忙しい最中、遊ぶことだけはしっかりやっておりまして。^^ゞ

3連休最終日の先週の日曜日、3月23日。
還暦の記念に、無謀にも10kmのマラソン大会というものに出てみました。
ここのところ、お天気さえ良ければ週末にはコンスタントに15kmぐらいは走っていたし、
心のどこかでボチボチひとりで走るのに飽きて来たこともあったと思います。
とりあえず、10kmぐらいなら何とかなるかな?と。(言うだけならタダだし^^;)

140323_123319.jpg
(海の中道海浜公園 西口の案内表示~帰りに撮影・・・^^;)

140323_100013.jpg
(スタート前のランナー諸氏 絶好の天候・・・と言うよりも暑かったデス)


生まれて初めてのマラソン大会は・・・とても楽しかったです!!
自分と同じ目標に向かっている、ライバルではあるけれど同志でもあるランナーたちと
時間と場所を共有するのは、驚くほど居心地の良いものでした。
スタート前から妙に嬉しいような気持ちで、何だか不思議な感覚だった気がします。
ま、初めてだったせいかもしれませんけどね。

公式記録はグロスタイムだけで、ネットタイムの提示はありませんでした。
事前にRSチップを渡されていたので当然ネットタイムの提示もあるものと思い込み、
油断して後方からスタートしてしまったので、1分近くもロスしてしまいました。残念!!
というわけで、ネットタイムは正確無比GPSウォッチ君の自動取得データを掲載します。
練習の時には56~57分台でしたが、何と!52分台が出ました!!
はっきり言って、これ以下は自画自賛以外の何物でありません。(爆)

Lap_2014-03-23(2).jpg

ぼくの実力は5分30秒/km前後がせいぜいなので、前半は明らかにオーバーペース。
「ヤバイなあ、速過ぎるよ・・・困ったなあ、どうしよう」
時計を覗き見しながらそう思って走っていたのですが、足が勝手に動いてました。
練習の時などひとりで走っていると、こんなペースでは絶対にバテると思うのですが、
顔も名前も知らないとは言え、これが同志のランナーたちと一緒に走っているという
心理的な効果(安心感&頑張る気持ちの持続)なのでしょうか、最後までバテバテに
なったような実感はほとんどなく、本当に気持ち良く走れました。
逆にゴール後も、まだまだ十分に走れるエネルギーが残っているような感じでした。

完走証2014-03-23.jpg

嗚呼、しかし、すっかり人間性が変わってしまいましたよ。
仕事でもないのに、無論、頼まれもしないのに、こんなに嬉々として走るなんてね。
還暦を機に、新しい自分を発見して行きたいと思います。
・・・マジかよ?(笑)
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父の一周忌 [暮らし]

大雨の中、そして山笠の中、父の一周忌を終えました。
本当の一周忌には数日早かったのですが、曜日の都合上、土曜日に執り行いました。

130701_183314r.jpg

曹洞宗では、一周忌のことを小祥忌(しょうじょうき)と呼んでいるそうです。
葬儀、四十九日、卒哭忌(百か日)、小祥忌(一周忌)、大祥忌(三回忌)・・・

ご住職のお経を聞いていると、とても気持ちが落ち着きました。
不思議なものですね、信仰心の極めて薄い仏教徒なのに。

無常(諸行無常)。

この言葉、法話には本当に良く出て来ますね。
この世はすべて無常・・・
今日あるからと言って、明日もあるとは限らない。
当たり前のことが当たり前に出来るというのは、実は素晴らしいことなのです。
・・・というお話を今回もされたのですが、これが心の中にスーッと入って来る。

去年のお盆は、父の四十九日が済んでいませんでした。
今年が父の初盆になります。
タグ: 一周忌 山笠
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25歳の自立 [暮らし]

娘のT子がひとり暮らしを始めて、早くも一週間が経った。
87年7月下旬生まれの彼女は、現在、25歳。
これまで一度も実家から出たことがなかった。
彼女の兄、Y彦が就職して家を出たのが24歳の時だったから、
年齢で言えば、兄に遅れること1年で妹も独り立ちしたことになる。

4月の終わり頃だったかなあ、いきなりマンションの賃貸借契約書に
連帯保証人が要ると言って、署名押印してくれと言って来た。
前々からひとり暮らしをしたいと言っていたのは知っていたし、
それは言ってみれば、誰しもが考える至極当然の発想でもあるし、
ぼくには取り立てて反対する理由がひとつもなかったけれど、
唯一、カミさんの心境だけが心配だった。

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(オキザリス。5月7日、福岡市博多区の藤田公園。昼休みの散歩中に撮影)


「30年経って、また2人になったね」

T子が家を出た翌日だったかなあ、カミさんがポツリと言った。
雰囲気的に、恐らく彼女は大きな意図もなく言ったのだろうと思うのだが、
ぼくには何故か妙に印象に残るひと言だった。

30年、そして2人に戻った・・・
時の流れというヤツは、振り返ってみれば、ある意味重くもあるけれど、
流れ流れている内は、何の滞りもなく過ぎて行くものなんだなァ。

ぼくはY彦にもT子にも、大きな大きな負債がある。
それは最も多感だったはずの彼らの中学生時代、仕事のためとは言え
単身赴任で家に居られなかったことだ。
更に言えば、彼らよりももっと大きな負債を、カミさんに負っていると思う。

そんなことをぼんやりと想いながら、T子のいない最初の一週間が過ぎた。
だけど、意外なほど大きな喪失感がないように思うのは何故だろう?
やっぱりカミさんが普段通りに見えるからなのかなあ?
ちょっと不思議な気がしています。

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徒歩3分の春と交通系カード相互利用開始 [暮らし]

今日3月23日から、全国の交通系ICカードの相互利用がようやく始まりましたね。
相互利用が可能になったのは、以下の10カードとのことです。
( )内はカード発行枚数

01 Kitaca JR北海道(45万)
02 Suica JR東日本(4127万)
03 PASMO 首都圏の私鉄、他(2152万)
04 TOICA JR東海(140万)
05 manaca 名鉄、他(266万)
06 ICOCA JR西日本(744万)
07 PiTaPa 関西の私鉄、大阪市交通局、他(230万)
08 SUGOCA JR九州(80万)
09 nimoca 西鉄(181万)
10 はやかけん 福岡市交通局(44万)

こうやって並べてみると、カード名称だけ見ても、地域性を感じてなかなか面白い。
多くはお尻に“CA(カード)”が付いてますが、付けていないのは首都圏のPASMO、
関西のPiTaPa、福岡市のはやかけん。やはり一筋縄では行かないトリオさん。
うーむ、何だか、すごく分かりやす過ぎて怖いなー。(笑)

交通系のカードは、巨人SUICAが何と言ってもオールマイティです。
SUICAさえ持っていれば、全国どこへ行ってもだいたい大丈夫。(一部例外あり)
だけど、ぼくの東京時代は京急路線で完結(品川~糀谷)だったので、持っていたのは
SUICAではなくPASMOの定期でした。

というわけで、今まではPASMO(東京全般用)、PiTaPa(大阪市営地下鉄用)、
そしてSUGOCA(地元用)の3枚を持っていましたが、これからはSUGOCA1枚で
事足りるようになりました。これは助かりますね。


さて、今日の福岡は、気持ちのいいお天気でした。
こんな時は運動も兼ねて遠くまで散歩したい気分なのですが、
空を見上げると、心なしか霞んでるようにも見える。
過剰な反応は止めようとは思うものの、やっぱり中国からの有毒飛来物(超微粒子)が
どうしても気になります。
てなわけで、前年の秋に引き続き、我が団地の中にある中央公園で春を探しました。

実は、これはいであさんからの業務命令でもありまして。^^ゞ
では、いであさん、
福岡の・・・というよりもぼくの地元、徒歩3分の桜のレポート、始めま~す!^^

まずは全景から。
本当にほぼ満開という状況ですね。
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桜の種類は、ソメイヨシノ(染井吉野)だと思います。たぶん。(笑)
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我が団地の中央公園には、2種類の桜がありました。
調べてみたところ、これは恐らく紅垂れ桜(べにしだれざくら)という種類ではないか
と思われます。すご~く綺麗な八重桜でした!!
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ちょいとソメイヨシノに名残を惜しんでみたりして。^^;
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公園から戻ったら、玄関脇に小さな紫色を見つけました。
うーむ、これはホトケノザでは?(違ってたらスミマセン!!)
我が家の周辺では、初めて遭遇したかも??
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初桜 in 西公園 [暮らし]

こんにちは、皆さん!
明日の日曜も、来週の春分の日も潰れてしまったから、
やむなく本日、お墓参りに行って来ました。
暑かったあ~!(笑)

我が家の菩提寺は福岡市中央区の今川という場所にあるのですが、
その近くに西公園という大きな公園があります。
福岡にはこの西公園の他に、東公園(県庁)、南公園(動植物園)とあるのですが、
なぜか北公園ってのは昔からありません。
どうしてなんだろう? 北は海だからかなあ?(←どうでもいいよ。笑)

さて、その西公園。桜の名所であります。
花見のシーズンともなれば、タチの悪い酔っ払いで溢れます。(←お前もな^^ゞ)
数日前に福岡管区気象台の桜が咲いたと報じられておりましたが、
その気象台は大濠公園にあります。大濠公園と西公園とは目と鼻の先。
というわけで、お墓参りの帰りに、ちょいと寄って見て来ました。

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(西公園の桜 2013年3月16日撮影)

全体的には、まだまだって感じでした。
だからでしょうか、人影も本当にまばらな印象。
どこに行ってもそうですが、ウロついているのはヒマそうな年寄りばかり。
あ、ぼくも、もれなくそのひとりですけど。(爆)
それは良いとして、公園をウロついていたら神社がありました。

「光雲神社」(てるもじんじゃ)

光に雲と書いて、「てるも」と読ませるんですね。へえ~?!
へえ~って、お前、ひょっとして知らなかったとか?
・・・そうなんですね、実は。^^;

西公園に神社があるのは当然知ってましたが
・社号が「光雲」と言うなんて
・その2文字は黒田如水(法名:龍光院)の「光」、黒田長政(同:興雲院)の「雲」
 から取っただなんて
・それを「てるも」と読むなんて
・・・そんなの全然知りませんでした。(激恥)

今日は桜を見に行って勉強させられました。
人間、日々、勉強でありますなあ。
ああ、本当に春爛漫だあ♪(絵に描いたような脳天気で誠に申し訳ござらん)

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(光雲神社 説明書きと鳥居・境内 2013年3月16日撮影)
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春ですね~♪ [暮らし]

3月9日(土)の福岡は、最高気温25℃。
日中、クルマに乗っていたのですが、汗ダクで冷房全開が必要でした。
福岡だけでなく、20℃を大きく上回った地域は多かったようですね。

もう、すっかり春ですねえ。
ご近所の梅の花もほとんどが満開の状況のようです。
そんな中、我が家の白モクレンも満開になりました。

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(上:3月3日に撮影、下:3月9日に撮影)


さてさて。
青天の霹靂とでも言うべきか、先月中旬のドックで受けた「プチ・メタボ判定」に怒り心頭。
その後、臥薪嘗胆し、意識改革は急速に進展中であります。

1.朝食を取るようになりました。
  40年ぐらい朝食を食べない生活だったのですが、これがいけないと言われた。
  朝を抜くため、前夜から15時間後の昼食時には腹ぺこ状態になっており、
  そこへ高カロリーの食事が来ると、一気に身体に吸収されやすくてヤバイんだとか?
  ま、しゃーないね。そう言うんなら、食べたくないけど食べますよ。

2.記載されているカロリー表示を必ずチェックするようになりました。
  チェックするようになって驚いたのですが、あらゆる食品には100%カロリー表示が
  なされてるんですね。今まで気づきませんでしたが、これはすごい!!
  コンビニ弁当なんか、800kcalオーバーのものがゴロゴロしていて、ぶっタマゲた~。

3.半チャン+ラーメンに代表される、麺+炭水化物から完全離脱。
  項目1と関連するんですが、朝飯抜きで昼飯を「麺+炭水化物」にするのが最悪。
  別に「麺+炭水化物」が悪である、ということでもないけど、ぼくにとっては環境的に
  よろしくないのは間違いない。
  というわけで、ラーメン+ギョーザ+小ライスともお別れした次第。(笑)

4.なるべく歩く。
  気候も良くなり、歩くのには絶好のシーズン・・・今歩かずにいつ歩くのだ?!(笑)
  ちょいとPM2.5が気になるものの、最近では、昼休みのPC遊び(ネット閲覧)はやめて
  オフィス街のブラブラ散策を始めました。これがね、思ったよりも結構楽しい!^^
  昼休みに会社にいる時は、大体25分ぐらい歩いています。
  ぼくの足だと10分で約1,100歩(1km)だから、25分で3,000歩弱(2.5km)。

まだ具体的な数字に表れる成果は出ていないけど、何事にもズボラなぼくがよくここまで
意識改革できたものだと我ながら感心しておりますよ。
成果が出なくても(数値的な良化がなく現状維持だったとしても)、結構満足かなあ?
・・・なんてね、どうしてこう甘ちゃんなんだろうなあ。(爆)

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(上:歩数データ、下:体重体組成データ ※WellnessLINK=OMRONのウェブサービス)
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